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地名と視点
地名と視点

 視点と地名

総じて土地の名前にはそこに暮らす人々の暮らしや視点が投影されています。

ですから かならずしも統一されていません。例えば山の名前ですが、一つの山に

複数の名前が付くのは珍しいことではありません。谷の名前から その奥にある山の名前が

ついている場合もそうです。もっとも、峠の名前であれば両方の谷に住む人々に共有されて

いるのかもしれません。

人々の日常の視点から離れて命名されている場合もあります。

神話や伝承が背景にある場合、かなり広い範囲で その名前が共有されています。比婆郡の「吾妻山」

の名前にはイザナギ、イザナミの神話が背景にあります。

地元の人々の知らないところで 勝手に曰くありげな名前がつけられ、国土地理院の地形図に記載されて

既成事実になってしまう例もあります。 県北の 「臥竜山」 など、もともと地元の人々は 「刈尾山」

と呼んでいた山でした。

  地名の表記も町村によって 固有のやり方があるらしく全体的に統一されていません。

鳥瞰図を作成しながら気がついたのですが、町村によって 表記のしかたが違い 

大字 小字に分けてあるもの、わけてないもの、町村がつくもの つかないものとまちまちです。

限られた地図のスペースに どう取捨選択しようかと迷いました。

最近 宅地開発や行政区画の再編にともなってドンドン新しい地名が生まれ、

古くからの字名が無くなってマルマル1丁目,2丁目と機械的に割り振られています。

古い地名や番地との連続性が失われたため あらためて整合性をはかる必要性が生じたのでしょう。

これから全国的に行われる広域合併で 新町名と ともに統一的な表記がふえるものと思われます。

便利になる反面 これでいいのかという疑問もわいてきます。

  字名や山や谷、峠の名称は そこに暮らす人々の生活と深く結びついていたもので 人々の暮らしが

変り 世代が交代するにつれて、あるものは受け継がれ またあるものは忘れられ、失われ 新しい

名前にとってかわります。これは歴史の流れの中で 仕方のないことかも知れません。

でも最近起こっていることは これまで繰り返されていたこととは いささか質が異なり 

行政の都合による一律、無機的、網羅的な変更です。

地名には 本来 そこの暮らす人々のまなざしが刻印され エネルギーがこもっていました。 

それが無くなって単なる記号にありつつあるわけです。

これはやはり残念なことといわざるをえません。

 故桑原良敏氏の「西中国山地」は これらの失われていく山や谷、峠の名前を極力記録に

とどめようとした 労作ですが、氏も書いておられるように、採録の最後の機会にかろうじて 

間にあったもので もう少しはやければ、まだまだ多く採録できたに違いありません。

そして もう不可能になりました。

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